#5 はじまりのクリスマス



わたしは九州のとある炭鉱町で育った。



木造平屋のおんなじ形の長屋が連なる町。

狭い町だが、そこには特有の文化があり、コミュニティがあり、住む人にとればそこが世界のすべてだった。



日常はささやかで、一日はたっぷりと長く、変わらないことが正義のような。

まるで二分音符が、たーたーたー、と延々と鳴っているような町だった。



そんな町に溶けこむように

一軒の古い洋菓子店があった。



黄色い庇のちいさなお店。

両開きのドアを開けると、すぐ目の前にケーキのショーケースが広がる。

メイン通りのちょうど真ん中辺りにあるその店は、何十年も町の人に愛され続けていた。



あれは、小学生にはなっていただろうか。

クリスマスというイベントがどうやら冬の風物詩になりつつあるらしい。

そんな雰囲気がわたしの住む炭鉱町にも徐々に伝わってきていた。



「クリスマスには家でクリスマスケーキを食べるって」



母がその洋菓子店に貼られたポスターからそんな情報を得て帰って来た。



「チョコレートのクリスマスケーキを予約してきたよ」



一番ウキウキしているのは母のように見えた。

なにせチョコレートケーキは、バタークリームがたっぷりの、母お気に入りのケーキだったから。



もちろん、甘いものが苦手な父を含め家族全員が大好きで、数年来それは我が家の定番ケーキとなっていた。



そしてクリスマス当日。

箱を開けて姿を現したのは、サンタやトナカイ、ヒイラギや鈴などで飾られた賑やかで、なんともかわいらしいクリスマスケーキ。



いつもの誕生日のチョコレートケーキとは、ぜんっぜん違う。



くぅ、なんてかわいい。

めずらしく、すこしだけ、世界が音をたてた。



ところが、包丁でガッシガッシと切り分けられるケーキが置かれているのは、みかんと同じこたつの上である。

チラシやらティッシュケースやらも散乱している。

せっかくのクリスマスのキラキラ感が、膨らみきる前にあっけなくしぼんだ。



やっぱり、煙突もない我が家でクリスマスケーキなんて、おこがましいのではないだろうか。

それなりの飾り付けもせず、歌も歌わず、取って付けたように「クリスマスですね」とケーキを食べるだけって。



これは、きっとクリスマスマナー違反だ。

誰が見てるわけでもないのにひやひやした。



なぜかクリスマスに対して申し訳なく思い、肩身の狭い面持ちでこたつに入っているわたし。



さらに「はいよ、はいよ」という勢いで、サンタやトナカイの砂糖菓子がそれぞれの皿にポンポンポンと配られた。



断面がいびつで倒れそうなケーキの横に置かれたかわいそうなトナカイ。

あーあ、とその鼻をつついた。



そのとき。

テレビからドリフターズの歌声が聴こえてきた。



毎週楽しみにしている『全員集合』の日ではないのに、と驚いて釘付けになる。



どうやら特別な放送が始まったようだ。

いつもは舞台を駆け回るドリフターズの面々が、今夜はサンタに扮した小さな人形になって夜空を駆けている。

そして面白おかしく、ちょっとホロリとくるクリスマスの物語が映し出された。



そこでは、わたしの町では見られないあおく光る白い雪がたっぷりと降り積もっていて。

きらめく街灯も家家も、うちの炭鉱町とは風情が違って、すごくお洒落でハイカラに見える。




クリスマスってなんてきれいなんだ。

雪もドリフのサンタもケーキも、なんだかすごくワクワクする。



子供心に、胸が弾む思いがした。



二分音符だらけの世界がドクドクと鳴る。



家族揃ってこたつであじわうクリスマスが、急に愛おしく思えてきた。

お皿のチョコレートケーキはもちろん安定のおいしさで、もうひと切れ食べるかどうか母と妹が迷っている。

父はすでに横になり、こちらはクリスマスはとうに終わった様子だ。



わたしはひとり、静かにドキドキしている。



それはクリスマスのはじまりの灯がはねる

パチパチとしたちいさな音。



text by haru  photo by sakura

こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

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