#1 蝶々の手



美しい爪の指先にほんのりと赤みが差し、

細く、厚みのない華奢な手にあこがれた。


大人になれば自分もきっとそんな手になれると思っていたのに。


悲しいかな。

いつまでたってもわたしの手はずんぐりと短く、分厚く、指先までしっかりと丸いままだった。


蝶々のようにひらひらと手を舞わせて話し。

本をめくる手は、その本に馴染んで美しい。

ピアノの鍵盤の上を弾む優雅な手は

時にしっとりと美味しそうな料理を生み出す。


ついぞ、どれもこれも叶わなかった。


叶わなかった反動か。

大人になり、手に対するあこがれはますます強くなっている。



もはやそれは見た目だけの話ではない。


土を均す手。

野菜を洗う手。

針仕事をする手。

線を引く手。

絵を塗る手。

紙を折る手。

髪を梳かす手。


なんてことはない手の動き。

けれど決して誰でもよいというわけでもない。


ただ、気づくと見惚れ、時間を忘れて見入ってしまう手を持つ人がいる。


その手は指先まで想いがゆき届き

やさしく丁寧に対象となるものを扱い

話しかけるように親しげに動く。


心に皮膚のような感覚があるとするならば

その手にわたしの心も同じように擦られ

丁寧に凝りをほぐされているような感覚に陥るのだ。



じんわりとした心地よさの中で

「まだ止めないで」

と切実に願い。



そして

「あ、この人好きだぁ」

と、訳もなく思う。


単なる手の動きに見入っただけで

安心感と心地よさ、さらには好意まで抱いてしまうとは。

これはもうあこがれというより、変わった癖(へき)としか言いようがない。


そうして。

なんの因果か、わたしは手を使う仕事に辿りついた。


「あなたの手はとても心地よい」


そんな言葉をいただくと

ちらりと我が癖が頭をよぎり

わたしの心に蝶々がひらと舞う。



                    text by haru

こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

0コメント

  • 1000 / 1000