#7 彼女の靴下



あざやかなブルーの靴下が、艶とした光沢のある黒色のスカートから覗いた。



「散歩がてらおいしいパン屋さん寄って、その後買い物行こうよ」



そう待ち合わせた駅の改札。

振り返って見つけた彼女は相変わらずおしゃれだった。

全身黒の装いに、唯一のブルーは目が覚めるようだ。



「ちょっと、その靴下こないだのマルシェのやつ?」

「そうだよ。差し色にいいでしょ」



ほお。

色は差すものなのか。



彼女がその靴下を手に会計に並んでいる時、

そんな派手な色の靴下をいつ履くんだろう?と訝しんだ自分が恥ずかしい。

色は差す。

ひとつ、学ぶ。



「すっごくいいじゃん!」



そもそもその日はわたしのスニーカーを新調する目的で、必然足元が主役となる日。

つど目に止まるそのブルーにわたしは何度も心奪われた。




お昼を終えてアウトレットの店をあちこちとはしごする。

「これ、履いてみたら?」

履いてみる。

似合わない。

「あなた履いてみてよ」

履いてもらう。

似合う!



これは?

あれは?

こっちはどーよ?



わたしが履く、似合わない。

彼女が履く、似合う!を繰り返す。

「似合うんだから、いっそあなた買いなよ」

「買おっかな」

なんて会話をしながら

あ。

と、気づく。



さっきからちらちら目に入るわたしの靴下がやけにみすぼらしいのだ。



やってしまった。

いい靴下を履いてくればよかった。

といっても、箪笥の中にはグレーか紺しか収まっていない。

別のを選んだところで、結果は同じだろう。



今さらながら若干の恥ずかしさを覚え、そそくさと彼女から離れたところで試着する。

そうして、まあ、ようやく、なんとなく、しっくりきた気がするスニーカーを購入した。



最終的には似合う似合わないではなく、履き心地で決めたのだけれど。





と、この話を夫にしてみた。

運動不足解消のための散歩の道中である。



「おしゃれっていまいち分からないんだよねぇ」

「おしゃれとは無縁に生きてきたからねぇ」

「でも、せめて自分に似合うものを着たいじゃない?」

「僕は似合うかどうかもよく分からないな」

「わたしもそうなのよ。で、彼女を見てて思ったんだけど」



おしゃれな人は、自分を俯瞰して見る能力に長けているのではないか。

実際に試着室で着て鏡で見るまでもなく、

頭にイメージできている自分に服を着せて、

ちゃんと他人の目でその子を見ることができる。

だから、好きなものの中から自分に似合う色やデザインを迷わず手に取ることができるってわけよ。



おしゃれに全く無縁の妻の力説に、

夫は「う、うう、ん」と曖昧な相槌を打つ。

ならばこれでどうだ、と決定打を放つ。



「では、あなたは今!自分の姿を鮮明に頭にイメージできますかっ?」



・・・おお。

できないね。



「でしょう?わたしたちに足りないのは、自分自身を俯瞰的に見る目なのよ。

それを日頃から訓練すればいいんじゃない?」



キマッた。

してやったりの、どや顔である。



すると

「僕はね」



おしゃれな人と並ぶと、みじめな気持ちになるんだ。



え?

いきなり何ですか?と、時が止まる。




朴訥としていて、てらいのない言葉。

反論でも否定でもない。

けれどまっすぐに芯を突かれた気がする。



透明な水がひとすじ、すっと流れ込んできた。

途端、わたしのおしゃれ考察への情熱がしおしおと萎れていった。




えっと。そうね。

分かる。

その気持ち、知ってる。



にしても。

みじめ、ねぇ。

よくもまぁ、そんな言葉。

まったく。



「だね。やっぱり、おしゃれはいっか」

「僕は、いいかな」

「うん。だね」



もし。

わたしがいっぱしのおしゃれさんになってしまったら、夫は隣でみじめな思いをするだろうか。

ふと、それは嫌だな、とよぎった。



そんな殊勝なことを考えていたら

「まあ、結局のところセンスだよ」

と、もともこもないことを横で呟いていた。



かくして、わたしのおしゃれ考察はあっけない幕切れとなったかに見えたのだが。



色は差すもの。

教わった無二の宝刀を、未だこっそりと心に忍ばせている。



以来、靴下を買う度に色物を手にしているわたしである。

目が合うと夫は「おや」という顔で訝しんでいるようだが。

彼にも「色は差すもの」と、

いつか改めて教えてあげようと思う。





     text by haru  photo by sakura


こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

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