#10 シロイノリ



そとは、雨



ゆれる雨



それはやむことをわすれて

ふかくねむる

そらの寝息のよう



ようちえんまでのみち



ながぐつであるく草のみちは

みずをふくみすぎていて

足がいつもよりしずむから



わたしはなるたけ

じゃりのみちをえらんであるいた



ももぐみのへやにはいると

おおきなストーブが焚かれていて

まるで冬みたいなにおいがする



かばんからアルミの弁当箱をだし

ハンカチをほどいて

ストーブのちかくにならべる



みんなおんなじ

ぎんいろのかんかん



わたしのはキャンディキャンディだけれど

それだって3人もおんなじだから

めじるしに

ほどいたハンカチをしいた



工作のじかん



かぽ、と

糊のふたをあけるそのときを

わくわくと、まっている



4人ずつ

むかいあわせで座った机のうえ



ころん、とまるっこくて

黄色いいれもの



プラスチックのそれは

ちょうどそろえた手のひらぶんのおおきさ



ふたのうらには

ちいさなへらがしまってあって



たっぷりとおさまった白い糊を

そのへらで掬って

においをかぐのがくせだった



あまいお粥のようなにおい

そこにまじるツンとそっけないにおい



はなの奥に

とろりとなじむ



どこか、高貴なかおり



けれど



ぽよん、ぽよんと

糊の表面をなみうたせながら

かんがえる



「けれど、このへらはなんて持ちにくい」



いつもふまんにおもって

つい、もんくがでてしまう



使いづらそうにしていると

先生が「手で掬ってもいいからね」という



わたしは「ばかな」とおもう



この神聖なるシロイノリを

汚れた手でさわることなどできるはずがない



それなのに

つくづくざんねんなのは

ふぞくのへらの持ちにくさよ



いっそ

弁当のスプーンで



かぽ



ふたを開けると

あるはずのへらがなかった



ない、ない、ない!



いざ、ないとなると

それはそれで非常にこまる



右と左と下と上と

きょろきょろとさがす



けれども

ないものはない



じわりと噴きでた汗が

着こんだ服とスモックの中できもちわるい



ああ、もう



とほうにくれるわたしの前に

すっと

へらが置かれた



まむかいに座る男の子のものだった



え?いいよぉ

と、いうまもなく



かれは机にしいた新聞紙のはしをちぎって

それで糊を掬いはじめた



あまりにはやい展開に

おれいを言うのもわすれて

かれのてもとにみとれてしまう



へにょへにょの新聞紙は

へらよりさらに使いづらそうだけれど



このましい、とおもった



やはりシロイノリは

直接手でふれてはならぬのだ



かれも、それをしっている



なんとこのましい



わたしはありがたく

かれのへらを使わせていただく



ああ、これほど

この糊にふさわしい道具があるだろうか



持ちにくいなどと

こんりんざい、もんくは言うまい



と、かすかに



もとい、くっきりとめばえた

初恋にちかう







   text  by  haru     photo  by  sakura

こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

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