#26 せやくんのスクーター




せやくんはわたしのことを
ちゃーるー
と、よぶ


おかあさんのおとうとだから

わたしにとって

おじさん、だというせやくんは

けれど

わたしにはちっとも

”おじさん”にはみえない



おかあさんの兄妹は

ぜんぶで5人いて

みんなおしゃべりで

すっごくにぎやか



あつまるといつも

おおきな笑い声がとびかうのだけれど

いちばん下のせやくんだけは

いつもすみっこで

しずかに

ほほえんでいるだけ



「せいや」で

「せやくん」



みんながよぶから

わたしもそうよんでいた



ばあちゃんちにあそびにいくと



ミシ、ミシと

階段をならしながら

二階からおりてくるせやくんが

「ちゃーるー、いくかー?」
と、いつもの声をかけてくる


せやくんの目は

ばあちゃんとおんなじ

すいこまれるような、くろいろ


まつげがみっちりはえていて
すこしくぼんだ目で
しっとりとみつめてくる


にっこりほほえまれると
ことわる
なんてできるはずもなく


「いく!」



わたしは

ばあちゃんの膝からおりて

たべかけのおやつもそのままに

赤いつっかけをはいてかけだした


「ひとまわりだけにしてよ!」

お母さんの声が

おいかけてくる



そとにでると

そらはすでにたいようでみちていた



あさは

ハトとねこしかいなかったのに

ひるになって

セミがせんりょうしてしまったみたいだ



おえー


あついし、うるさいし

わたしは

くびをちぢめて

わざとへんな声をだしてみせた



わらいながらせやくんがちかづいてくる



「のらんね」



ポンポン
とかわいた音をたて
スクーターの座席をたたく



わたしのばしょは
せやくんの前


そこに立つと

せやくんのうでとあしが

ぎゅっとわたしをはさんで

ガードしてくれるのだ



スクーターは
よごれたしろいろで
あんまりきれいじゃないけれど



どんなにあつい日も
風をきってすすむそれにのれば

すっかり

むてきのきぶんだった



とはいえ
せやくんのスクーターは

いつも

のろのろのあんぜん運転



車があまりとおらない道を

きょうも

海にむかって

ぶっぶっぶーと

すすんでいる





ひがたの海は

海水浴でいく海とちがって

みずが少なくて

こわくない



海岸沿いに

スクーターをとめ

そのまま石のだんだんをおりて

貝だらけの浜についた



海のにおいがもわと濃い



「あつかねー」



言いながら

せやくんは

わたしの顔の汗を

タオルでぐいんとふいてくれる



そして

石だんに腰かけ

とちゅうで買った

つぶつぶのみかんジュースを振り

かぽとあけてくれた



おきにいりのこのジュース



つめたくてあまくて

ととと、と口にはいってくる

みかんのつぶが

なんともいえずおいしいのだ



ジュースをのみほすと

わたしは両手でもった缶を

口につけたまま

ぐっと逆さにして

おしりをたたき

さいごのひとつぶまですいとろうと

ひっしになる



とんとん

ととと、とん!



しつこくおしりをたたく



「もうよかろ?」



さいごは

せやくんがあきれたようにそう言って

缶をわたすよう手をだした



それから

わたしたちは

浜をあるきながら

いつものさくら貝をさがしはじめた



いろんないろの

じゃりじゃりした貝だらけの浜で

ときおりみつかる

さくら色をした

いっとうきれいな貝だ



せやくんが

ちいさなガラスびんにためている



めったにみつからないから

ほんのすこしずつだけれど

ちいさなびんは

そろそろいっぱいになろうとしていた



「あった!」



とびつくように

拾って手にとると



「ちがったー」



たいていそれは

ふつうの貝が

ひかりのかげんで

それっぽくみえただけで



がくしゅうしないわたしは



あった!

ちがったー



を、あくことなく

くりかえすのだけれど



せやくんは

もはや

わたしのそのくだりには

なれっこで

はんのうすらしてくれない



つまらないから

あいまで

ぐるぐる巻きのおおきな貝をみつけては

耳にあて



うそかほんとか

貝にしみついているという

とおい国の波のおとを

そばだててさがしたりもした



「ちゃーるー、あったぞー」



さくら貝をみつけたせやくんが

てまねきしてわたしをよぶ



つっかけがぬげぬよう

貝をなるたけつぶさぬよう

きをつけながら

やじろべえのように

手をひろげて歩みよる



ほらと差し出された

せやくんのてのひらをみると



いちまい

わたしの爪ほどに

ちいさくてうすい

さくら貝が

砂つぶをつけてのっていた



「きれいかねぇ」



手にとり

くうきにあてる



しめった砂が

いっしゅんでかわいて

ちょんとはらうと

ぽろぽろとおちた



ひかりを透かすさくらいろ



貝、というより

花びらだ



せやくんは

ポケットからびんをだし

コルクのせんをぬくと

そのなかに

そっと

さくら貝をおさめた







それから何年かして

東京にでたせやくんは

そのままあっけなく

逝ってしまった



ようちえんのおゆうぎかいで

にんぎょひめの役をもらった冬だった



幼いわたしには

ちかしい人が亡くなるということが

どういうことなのか

はじめてで

ぼんやりしていて

よく分からなかったけれど



もう会えない、という

事実だけは分かり易く

鋭く刺さってきて



その現実が

時折、ぶわっと

波のように寄せてきては

海の底にひきずりこまれるように

哀しかった



そしてなにより

だいすきなばあちゃんが

会うたび

どんどん小さく弱くなっていくのを

なんとなく感じてつらかった



時がたち

大人の会話が分かるようになった頃

せやくんが最期に

海のそばにいたと耳にした



たちまち

あの干潟の海が

よみがえる







「もうよかろ?」



しぶしぶ

みかんジュースの缶をわたすと

せやくんは

ながいゆびで

じぶんの缶とあわせて

柔くはさむ



白いシャツがきらりと光り

海風にふかれて

まぶしそうに

目をほそめるよこがおがみえた



せやくんのまわりだけ

じかんがじょじょに止まりそうで

獏としたふあんが

わたしのむねを

ぎゅっとつねってくる



「せやくん」



シャツのそでをひっぱり

わたしは



おえー



と、くびをちぢめてみせた



せやくんはわらい



「さくら貝ばさがすか」



と貝だらけの浜へおりていった









text by haru   photo by sakura











































































こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

0コメント

  • 1000 / 1000