#25 微睡むカーテン


青い網戸を透かすレースのカーテンが風を抱いて揺れている。 



それはくたりと柔らかで、日に灼けたような色をしていて



ほわ、とふくらみ、さらにふわっと踊ったかと思えば

勢いよく、ぺたん、と網戸に吸いつくようにしてしぼむ。 



そっか、あそこに風がいるのか。 



見えない風を捕まえて見せてくれるカーテンの、

その働きぶりをいたく気にいったわたしは 

先刻からその動きをロッキングチェアに腰かけ観察している。 



炭鉱の長屋の、茶の間の続きにある狭い和室である。



父の趣味のロッキングチェアは

和室には不釣り合いな取り合わせではあるが

もはや見慣れているので、特段どうということはなく 

ただブランコ好きとしては揺れるその椅子を

なんとか巧く乗りこなしたいとは思っていた。 



というのもその椅子は、

子供のわたしには座った際の体重のかけどころが難しく

思いきり背もたれに寄りかかろうものなら 

際限なくひっくり返ってしまいそうで

ちょっとおっかなかったのだ。 



たいてい普段のわたしは足がつくよう浅く座り 

軽くブランコを漕ぐ要領で揺らすにとどまっていたのだが 



カーテンの動きにつられて

つい、勢いつけて畳を蹴ってしまい

ロッキングチェアは大きく後ろにのけぞった。



おっと、っと、、、



体勢を立て直そうとした瞬間だった。


 

カーテンがふわんと大きくふくらみ、

わたしの膝をさわと撫でた。 



こちょばゆい・・ 



膝に触れるか触れないかの微妙な距離で

まるで生きてるみたいにカーテンが踊る。



凝視するわたしの視線なぞおかまいなしだ。



風を得ていきいきと動くカーテンに目を奪われた。



ほわときて、ふわっ 

ふわん、の、さわ



ときおり、ぺたん



くりかえす

ほわときて、ふわっ 

ふわん、の、さわ





めっり、めっり。 



教室のあちらこちらでこっそりと音が鳴っている。



字を書きながら、下へ左へと手をずらすたびに

汗だか脂だかでくっついた紙から手を剥がす時に立つ音だ。



小学一年の一学期、とある放課後。 

市の展示会に出す硬筆の作品を数名で居残って書いている。 



ときおり走り抜けるように吹く風が重たそうなカーテンを揺らすけれど

それでは事足りず、気温がぐんと上がって汗ばむ午後だった。



めっ、り。



わたしも書き終えた紙からゆっくりと手を剥がす。 

手首を返した拍子に右手の小指側がうっすらと黒ずんでいるのを見つけた。 



うへっ!



顔をしかめ、恐る恐る鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。

ふでばこの中と同じ匂いがして、

それが鉛筆の書き跡が擦れてついたものだと気づいた。 



「ゆきちゃん」 



すぐに隣の席のゆきちゃんをひそひそ声で呼び、

ニヤリと右手の汚れを披露した。 



小さく驚いた顔をしたゆきちゃんは、自分のもすかさず確かめる。 

そうしてくるりと返して見せてくれた右手は、

わたしのよりも一段濃く黒々と光っていた。 



「すごいっ!何枚書いたと?」

「えっと、、6枚かな?」 

「えーっ!わたし3枚よ。見せて見せて~」



先生が離れたところにいたおかげで、こそこそ話が弾む。



わたしはぐいと体を寄せて、ゆきちゃんの机の上の何枚もの清書された紙を覗きこんだ。

どの文字も大きくマスいっぱいに書かれていて、線も太く整っている。



「じょうず!」



これで6枚書いても合格がでないのなら、

わたしは一体何枚書けば終われるのだろうと気が遠くなった。



ただ、そんなことより。 

と、心うちにキラリとひらめいてしまったことがある。



この右手のうっすらとした中途半端な黒ずみ。

これをゆきちゃんのように黒々と光る程に濃くしてみたい。



わたしは今しがた書き上げた清書を先生には見せずに 

次の1枚を机にセットし、早速新たに書き始めた。


 

今度は字をもっと大きく、濃く、

そして少なくともあと3枚は書くためにスピードもあげなくっちゃ。




さわ

さわ



ん?

こちょばゆ、い? 



いつの間にか椅子に丸まって眠ってしまっていた。



浅く腰かけていたはずなのに

たっぷりと背もたれまで身をまかせてしまっている。



僅かに飛び出た爪先をカーテンがさわさわと撫でていた。 



「起きたね?」



母の声が言う。



「疲れたとやろ。遅くまで残って頑張ったけんね」



ハッ!と、右手を返して確認する。 



「真っ黒!!真っ黒よ!お母さん!ねえ、見て!」 



いきおい起き上がろうとしたけれど、

ロッキングチェアが言うことをきかず、もたついてしまった。



「そうよお。知っとるよお。10枚も書いたとやろ?すごかねぇ」



そっか、帰ってきてすぐにお母さんにしゃべったんだ。



椅子に揺られながら右手を掲げてまじまじと観察し、 

ゆきちゃんのより黒く仕上がったんじゃないかと満足する。 



足元のカーテンは西日があたってオレンジ色に光っている。



どうやらロッキングチェアは思いきり寄りかかっても

ひっくり返ることはないようだ。



「そろそろお風呂行くよー」



母の声が鳴り



あーあ

せっかく黒く作ったとに洗わんといけん



椅子に揺られながらわたしは

単なる鉛筆の痕を名残惜しく思っている。                                                                       

                                                                 








              text by haru  photo by sakura




こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

0コメント

  • 1000 / 1000