あまい雨に想う



いつの春だったか




ずいぶんと前に、もう

ゆびを折ることもしなくなった





それでも

そんなこちらの意地など構いなく

けさも窓のむこうは白々と霞み

音もなく

あまい雨が降っている





あれは出会った頃





あなたが

首をほんのすこしだけ傾げて

ん?

と、聞き返すそのしぐさを





わたしはいたく気に入って





会話はわざと囁くほどに

声のちいさな女の子の

ふりをしていた





あるいは

いつかの夕暮れ時





珈琲を片手に

本を持つその指が

ほっそりと長く

まるでやわらかな栞のようで





すでに見慣れたはずのその指を

飽きもせず

ひとしきり見つめたものだった





ああ

ほら、あんのじょう

花のにおいを纏った雨が

そんな欠片のような

さもない記憶ばかりを連れてくる





しかたなく

わたしはふっと観念し

白い空に

声をひそめて話しかける





そちらでは

いかがお過ごし?





また





つぎのあなたとわたしで

 きっと

 逢いましょうね









text by haru  photo by sakura









こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

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