#20 まっしろな正義



「折り合いをつけて生きてますからねぇ」


なにげなく発した自分の言葉がやけに頭に残る一日だった。
珈琲にたらしたクリームのようにぐにゃと広がりぐるぐるとまわる。
いや。
むしろすっくと立つ茶柱か。
いずれにせよ、だ。
しばらく頭から離れなかった。


折り合いをつける。
という言葉に以前は嫌悪感を抱いていた。


大人が使う都合のいい常套句みたいで、

黒にも白にもなれず煮えきらない。

ふわっと言葉を濁して逃げてるだけ。
そんなふうに内心、すこし、軽蔑していた。


わたしの中の正義は潔癖な白!
白がいちばんに決まってるじゃない?
どうして正々堂々白を選ばないの?


あー。
穴があったら入りたい。


内心、のはずが顔に出て
知らず知らず人を傷つけてしまったと思う。
大事な友人もぽとりぽとりと失った。


たちの悪いことに色んなものを失ってもなお、
わたしはわたしの正義が善だと信じて疑わなかった。

そこにそぐわなければ離れていかれることも仕方ないとさえ。



あー。
穴を掘ってでも入りたい。


わたしの真っ白な正義が刃となって人を傷つけたことにようやく気づけたのは
自分が誰かのそれによって深く傷つけられてからだった。



わたしのより、はるかに剛健で鋭利な刃を持つ人。

その白の痛いほどの潔癖さはわたしなど足元にも及ばない。

とてもじゃないが歯が立たなかった。


その人は

「自分に嘘をついてまで、あたしは大人にはなりたくない!」

とはっきり言った。



時には、自分が正しいと思う通りに動かなかったわたしを

数カ月に渡って無視したり。

あるいは悦に入って何時間も説教を垂れたり。



はて、と。
心底困った、と思った。
頼むから大人になってくれ。
あなたの刃は、わたしをえぐるのよ。


そしてその言葉はそっくりそのままわたしに返ってきた。


わたし自身は攻撃型ではないけれど。
だから全然性質がちがうし認めたくはないけれど。
ああ、わたしの持ってる刃と似てる、と気づいてしまった。



この人にも白か黒しか選択肢はないのだ。



しかもグレーやマーブルは逃げた色で

まして白を曲げて別の色を選ぶなんて

人として許せないと信じている。



そして許すに値しない人は攻撃しても良い、と。



なんてこった。
わたしもいつか剣を抜いて振りかざし、

いよいよとなったら誰かを攻撃してしまうのだろうか。



彼女に幾度もざん、ざんと斬られ涙を流しながら

一方でわたしは「どうしたものか」と自分自身に問うていた。



そもそもわたしが正義と信じるものは唯一無二なのだろうか。

そしてそれ以外の考えは全て間違っていると断じてよいのか。



数年かけて出た答えは、否だった。



そんな簡単な答えに気づくのに数年かかるほど

わたしとわたしの真っ白な正義とのつきあいは長いし根深かった。



そうあっさり手を切れるような簡単な間柄ではない。

かと言って、力尽くで引き離してしまえば傷が残り

いずれ何かの拍子に疼いてしまうだろう。



ならば。



否定するとか拒否するとかじゃなく。
隠すでも恥じるでもない。


共存してみてはどうか。


思えば、自分の中にこそいろんな自分がごちゃまぜとなって存在している。



それらとあーだこーだ言いながらも折り合いをつけることができれば

きっとそれぞれに居場所を作ることができるのではないだろうか。



その上で。

あなたはここね、きみはここ。

だいじょうぶ、居てくれていいのよ。
そのかわり。



あなたの場所に分別をもって居なさいね。


そんなイメージで少しづつ心を整えていくようになった。



さらには、他の誰かに対しても。

いろんな色がある方がいい、と今は曇りなく言える。



件の彼女のことはまだ怖いけれど、

その怖がる心もまたれっきとしたわたしの中の住人なのだ。

ちいさくも無限のわたしの心の中で

他のものたちと折り合って生きていくだろう。



なんにせよ、無くなることはないのだから。



「折り合いをつけて生きてますからねぇ」
と自分が発した言葉。
なぜわたしの頭にしばらく残っていたのか不思議だった。


長らく嫌悪感を抱いていた言葉が

意外にもとてもやさしく響いて

まだそれに慣れないわたしは一瞬ひるんで

しばし立ち尽くしたのかもしれない。



そのことに気づけた今、言えるのは。



折り合いをつけることは

わたしにとっては逃げることでも濁すことでもないということ。



それは心を整然と手当てするに必要なことだった。



どれどれ、と気まぐれに覗いてみると。
あの真っ白な正義は、まっしろな正義となって

わたしの中のひとつの場所に、

すこし恥ずかしそうに肩をすぼめて座っている。



どだい正義なぞ、そのくらいでちょうどいいのだ。










text by haru  photo by sakura



























こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

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