#12 まぶしい日傘


てのひらにすくったプールのみずが

水飴のようにまあるくひかる



とろり、とろりと

手のなかでゆらすと



じっさいには

バシャッ、バシャとはねて

弾けながら

プールにもどっていった



はあ、と

あからさまなためいきをつく

なんど顔をつけても

手と足をのばしても

ちっとも浮きやしない



このみずに水飴のような弾力があれば

きっとわたしをかるがるのせて

プールのはしからはしまで運んでくれるだろうに



まったくもう

とりつくしまもない



1年生でおよげないひとは

「なつやすみ中におよげるように」

という

とんでもないしゅくだいがでた



おかげでまいにちのように

市民プールに通っている



ひるはあついから

ゆうがた近くになってから

水着のうえにワンピースかぶって

浮き輪をかかえて家をでる



プールの入り口

消毒槽がさいしょの難関



はだしの足のうらに伝わるヌルヌル

あつくもつめたくもないみずの温度



くわえて

消毒液のあおっぽいニオイ!



おえー

と、首をちぢめて変な顔をする



ともだちのなおこちゃんが

横でクックッ、とわらった



ふたりできょうは

あかちゃんプールの方にいく



みずがひざまでしかないから

れんしゅうには不向きだけれど

あんしんのプールだ



ちゃぷちゃぷと寝そべって

ワニさん歩きをしたり

ぞうさんのすべりだいをすべったりして

わたしはのらり、とあそびほうけた



きづくと

浮き輪をおいたあたりに

なおこちゃんのおかあさんがきていた



まっしろいワンピースに

まっしろの日傘をさしている



西日が日傘を透かして

オレンジ色にそまっているのに

なおこちゃんのおかあさんは

涼しげな顔をしていた



「おばちゃーん!」

手をふってこえをかける



日傘のなかで

ちいさく

手をふりかえしてくれた



うちのおかあさんみたいに

大声で笑ったり、

オーバーな手振りをしているところを

いちども見たことがない



近所のおばちゃんたちとも全然ちがって

おひめさまみたいなおかあさんだ



おもむろに

わたしはワニさんの体勢をやめて

しっとりと座りなおす



そして

かた足をゆびのさきまで

ピンとのばして

水面から高くかかげてみた



イメージは、新体操



ふんふんと

鼻歌まじりに足をくるくる動かしていると

どこからかトンボがとんできた



「とまれ!」

こころの中でささやく



もっと、もっと

たかく



ぐいと足をさしだすようにしてのばす



「きた!」

と、そのとき

くるり

からだが一回転した



なおこちゃんのおかあさんの日傘が

スローモーションの中で

まぶしくひかった



すわ、

ぷかり

浮いた



からだがみずに抱かれるように

はっきりと、

しずかに、浮いたのだ



ザバン!

と顔をだし

「浮いた!浮いた!」

とおおはしゃぎでほうこくする



なおこちゃんも、

なおこちゃんのおかあさんも

「浮いてたよ!」と

手をたたいてよろこんでくれた



すっかり楽しくなったわたしは



くりかえし

ぷかーぷかー

と浮いてみせては



やったーやったーと

声をあげてよろこんだ



なおこちゃんのおかあさんも

ずっと笑っていた



おおきく口をあけて

日傘をゆらしながら

手をたたいて

笑っていた



けれど

そんな笑顔を見れたのは



たぶんそれが

さいしょで、さいご



それから何年かして

なおこちゃんのおかあさんは

病気でそらに旅立ってしまった



あつい、あつい

夏の日だった



さいごの写真は白黒で

涼しげでおひめさまみたいな顔は

知ってるのに

知らないひとみたいだった



その後も

なおこちゃんちに遊びにいくと

いつもその写真が目に入ったけれど



わたしは、つど

「ちがう」

と、かたく思っていた



わたしのきおくの中の

なおこちゃんのおかあさんは

まぶしい日傘の中で

おおきく笑っているのだ



わたしがみずに浮いて

キャッキャとおおさわぎした夏



西日を纏った

なおこちゃんのおかあさんは



それはそれは

あざやかで

すこぶる美しかった







text by haru    photo by sakura













こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

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