#16 ばあちゃんの千代紙




「ちーこー」


ばあちゃんのこえが
ふわり、と
耳を触る


だいすきな

ばあちゃんの膝の上



骨ばった腿が
わたしのおしりをささえている



ときおり

コリコリと骨があたるけれど

ちいさなわたしは

そんなことには全くおかまいなしだった



「ちーこ、ちーこ」と
わたしを呼ぶばあちゃんは
そのうちに自身が
『ちこばあちゃん』
とみんなに呼ばれるようになった


黒い瞳が吸い込まれるように深く
長い睫毛が縁取るその目は
常に目尻を下げていて
やわらかな皺を湛えた人


「今日はちーこにやっこさんば教えちゃろ」


炬燵の一角に常に置かれている
上等なおかしの空いた缶かん


ばあちゃんはよっこら、と手を伸ばし
それをこちらに寄せると
端に手を掛け
かぽっと浮かせる


なになに?


わたしはその蓋が開くのを
ワクワクと待つ


「ほーら」
と取り出されたのは
色あざやかな千代紙だった


う、わあ


もみじ
まり
ちょうちょ
さくら
おうぎ


こまかく描かれた絵が
どれもこれも愛らしく
わたしは
「うわあ、うわあ」
といちいち感嘆の声をあげながら
炬燵に一枚ずつ並べていく


すべての柄に
銀色の粉が所々ちりばめられていて
手で触れるとそこだけ
ざらとしていた


「どれがよかね?」



んー、と考えて
これ!と指差した


それは
赤地に小花が整列していて
さいしょに目にした千代紙だ


「じゃあばあちゃんはこれにしようかね」


ばあちゃんは青いのを手にとった


「見よかんね」


千代紙を裏返し

ーーぴらり

四角に折って広げ
ーーさわ
端を中心に寄せて折り

ーーくひゅ、くひゅ

裏返してまた折り、もう一度

ーーこむり、こむり

4つできたひしがたの袋3つを
親指でそっと起こして長方形にすると
ーーこぷっ


「はい、やっこさん」


わ、あ~


これが、やっこさん?



顔と体と、手と足揃って

『やっこさん』という名の人に見える




わたしもやる!


ばあちゃんの膝のうえで
おしりをどんどんと鳴らす


赤い紙を裏返し
四角に折って広げ
ーーべた
端を中心に寄せて折り
ーーぐちゃ
裏返してまた折り、もう一度
ーーぎゅっぎゅ
4つできたひしがたの袋3つを
あらゆる指を使って

なんとか起こして長方形にすると

ーーもぎもぎ


やっこさんじゃ、ない!



「じょうずじょうず」



ちがーう!



わたしは

もう一枚、もう一枚

と、手あたり次第

やっこさんを折っていった



色とりどりの無残なやっこさんが

炬燵の上に散らばる



そのうちに見かねたばあちゃんが

わたしの手を包むようにして

折り方をガイドしてくれる



角と角

線と線



「ここをちゃあんと見るんだよ」



と、しわしわのばあちゃんの指がさし示す



「ここを押さえながら、

ここに折り目をつける」

ーーくひゅ



あ、

と耳が心地よくなる



ばあちゃんが折るといい音が鳴るね



「そうね?」



どうやったら鳴ると?



「丁寧に折るとよ」

「たーだ折ったらいけん」



けれどやっぱり

わたしが一人で折ると

ちっともいい音は鳴らなかったし

きれいに形作ることもできなかった



それから帰る時間になっても

わたしは夢中でやっこさんを折り続けた



「帰るよ」

との母の声には

全力で泣いて抵抗した

(いつものことだけれど)



「泊まっていかんね」

ばあちゃんも寂しそうに母に言ってくれた

(これもまたいつものこと)



まだ遊ぶー

ちこばあちゃんとこいるー

帰らんー



毎度別れ際は

わたしの盛大な泣き声と

母のなだめる声が

ご近所中に響き渡ったという



とはいえ

二人で遊べた時間は

ものの一時間程度だったようだ



その頃

ばあちゃんは病気が見つかって

炬燵がある茶の間には簡易ベッドが置かれ

わたしと遊ぶ時だけ

ばあちゃんはそのベッドから起きあがって

わたしを抱っこしていたのだと

随分のちに母から聞いた



それでも

やっこさんの次は鶴も教えてくれた



童謡もいっぱい教えてもらった



わたしが気に入った歌を

合いの手をいれながら

なんべんもいっしょに歌ってくれた



「ちーこは可愛いかねぇ」



そう耳元で言いながら

いつもわたしの頭を撫でてくれた




最期の日を

わたしは不思議とはっきり覚えている



それは暑い夏の日



その日は

近くの遊園地で毎夜あがる花火を見るため

ばあちゃんも含め親戚一同

うちに集まることになっていた



すると

夜に来るはずのばあちゃんが

なぜか

じいちゃんのおんぼろワゴン車に乗って

昼間に

ふらっと

会いに来てくれたのだ



思いがけないばあちゃんの訪問に

わたしはすっかり舞い上がり



すぐに

うちにあったペラペラの折り紙を出してきて

ばあちゃんの膝の上にのった



やっこさん

だまし舟

紙ふうせん



ばあちゃんはいろんな形を

いとも簡単に折ってしまう



折り紙をあつかう手は、丁寧でやさしく

けれど、

折り目をつける時は、ぴしっと潔い



あざやかに動くその手を

わたしはカメラになったように

じいーっと見つめた



ただ

うちのペラペラの折り紙では

ばあちゃんの千代紙みたいないい音は

ばあちゃんが折っても鳴らなかった



それだけが

ちょっと

残念だった



「また夜に花火ば見に来るけん」



その時の別れはあっさりと、

むしろ

夜の花火の楽しみの方がまさって

わたしもみんなも笑っていた



見送りはうるさいほどの蝉時雨の中だった



車の横で話し込んでいた時

どこからか蝶々がひらと飛んできて

ばあちゃんのスカートにとまった



母と、母の妹の叔母が

「かあちゃん、蝶がとまったよ」

と笑い

ばあちゃんは

蝶々が飛び立つまで

じっと待っていた



蝶々を親しげに見つめる

ばあちゃんの長い睫毛も覚えている



「また夜ねー」

「またねー」



のんきな

おだやかな、別れだった



そして結局

夜にばあちゃんが来ることは

叶わなかった



「ちーこー」



そうわたしを呼ぶばあちゃんが

もしその先も生きていたならば



小学生のわたし

中学生のわたし

高校生、大学生

そして今のわたしの

きっと

いちばんの味方でいてくれたと思う



そういう

たしかな愛を

短い年月でそそいでくれた



だから、今もときどき

わたしは心うちでばあちゃんに話しかける



ばあちゃん

相変わらずわたしは無器用のまんまよ



ばあちゃんは

「よかよか」

と笑い



それだけでわたしは

すっぽりと

満たされる







     text by haru     photo by sakura

こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

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