#22 流れる



水面の光がちらちらと瞬いて

川の背ではしゃいでいる



一人暮らしのアパートから徒歩で10分

いつもの河原はいつも通りの静けさだった



文庫本を一冊持ち

ぶんぶんとその手を振って歩く



まだ昼過ぎだというのに

日差しがオレンジ色に垂れて

日暮れがはやい東京に

また、置いてけぼりにされる



大学の授業がない日

午前だけの日

さぼりたい日



わたしはひとりでよく川を訪ねた



九州の実家近くには

海はあれど川はなかった



だから

川の近しさは上京して知った



ふかふかの草を選んで腰を下ろし

携えてきた本を脇に置く



ほうっと息を吐き

足を投げ出して

見るとはなし、といったふうに

川を眺める



特段きれいでも雄大でもない

街を流れるふつうの川



癒されもしなければ

心が洗われることもない



ただ

これからどうなるんだろう

わたしはどうするんだろう



そんな漠とした思いを

捨てに、

わたしはここへ来ている




あれは二年前

まだ寮に住んでいた頃



しーちゃんが珍しく部屋を訪ねてきた



しーちゃんは

ちゃきちゃきの土佐人で

小さな顔に大きな目が印象的な美人さん



野暮ったいわたしとは

あまり接点がなかったのだけれど

寮生活二年目で

数少ない残寮組となり親しくなった



「川、行く~?」



ドアを開けるなりの第一声



見ると

すでに準備万端の格好をしている



ほっそりとした体にすいつくような

ぴっちりとしたジーンズ



細いなあ



ぼんやりと、思う



「行く?行かない?」



しかし

ちゃきちゃきのしーちゃんは

ぼんやりなどはさせてくれない



「あ・・うん、行く行く」



勢いに押されるようにして

わたしはそう応えていた



外は絵にかいたような秋晴れで

空気がかろやかに澄んでいた



しーちゃんは歩くのも速い



わたしの知らない道を

ずんずんと迷いなく颯爽と歩く



わたしはというと



あ、柿だ

でも人んちのだよなあ

昔は人んちのビワとか、もいで食べたけどなあ

東京じゃだめだよなあ



立ち止まり

いちいち耽ってしまう



「行くよ!」



つど

しーちゃんの声が鳴り

わたしは慌てて小走りで追いつく



耽る、鳴る

を繰り返し

ようやく川に行き着いた



一時間か、それ以上

ずいぶんと歩いた



日がすでに夕方のようだ



「しーちゃんはよく来るの?」

「たまにね」



かっこいいなあ、と思う



大学から寮までの道以外を

散策してみるというその余裕が

大人だ、と思った



「かっこいいね」

と言うと

「どこがよ?変なの」

と笑われた



わたしたちは特に何をするでもなく

二人並んで座り

川を眺めて過ごす



しーちゃんのそんな姿は稀だったので

こっそりと盗み見たりもしながら



終わったり終わらなかったりする話を

思いつくまま

ぽつぽつ交わす



すこしぶっきらぼうに感じていた

しーちゃんの少ない相槌や

端的な言葉は



川を前にすると

ふしぎと

すっ、とわたしに届いた



含みのないそれらはむしろ

澄んでするりとわたしを通過し

留めずともよい気楽さが

なにより心地よかった



ぽつ、ぽつ

するり、するり



わたしたちの会話は

川の背に乗って

瞬きながら消えていった



日が暮れて

「帰るか」

と、腰を上げ

「お腹すいたね」

と顔を見合わせる



「いくら持ってる?」



互いに財布を見せあうと

中は小銭だらけで

二人合わせても200円足らずしかない



「これじゃ肉まんも買えないじゃん」

「ほんとだー」



仕方ない

寮まで我慢するしかない



わたしたちは嘆きつつも可笑しくて

笑いころげながら大通りに出る



と、その通りの先に

赤い大きな提灯をさげた店が見えた



看板には『焼き鳥』の文字



二人同時に同じことを思う

「焼き鳥なら買えるんじゃない?」



よっしゃ!とばかりに駆け出し

開店間もない店先に

あっという間に着いた



いい具合に

入口の引き戸の横に

持ち帰り用の小窓がある



「すみませーん」

しーちゃんがガラリとそれを開けた



店の人に

「もも、二本ください」

と注文する



「・・以上ですか?」



すこし怪訝な顔をされ

わたしは一瞬怯んだけれど



「はい、以上です」

と言い切るしーちゃんを加勢するつもりで

隣で堂々と胸を張った



渡された焼き鳥は

たらりと甘辛のタレを纏い

つやと光っている



「買えたね」

「やったね」



わたしたちは並んで歩きながら

焼き鳥を噛みしめるようにして食べた



おいしい!おいしい!

と、何度言ったか分からない



なけなしの200円で買った

その日の焼き鳥は

ほんとうにおいしくて…





あれは忘れられないなあ



と、川を見ながらぼんやりと思う



尻をのせた草がひんやりと湿ってきた



脇に置いた本を手に取り

ぱらと開く



詩人の日記が綴られている



含みのない

正直な言葉



川で読めば

するりと喉元を過ぎていく



ぼんやりと霞がかったわたしの思いが

川の背に乗って流れていった



「お腹すいた」



声にだしたつぶやきが

夕闇にぽとんと落ちる



わたしは尻を払い

本を抱いて



さてと

何を食べようか

と、歩き出す











text by haru  photo by sakua























こはる日和にとける

いつかの情景、いつかの想いを綴るエッセイ

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